浮世 M' e Lan chol y

何処かの知らない誰かの話

浮世 Melancholy


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-The future is the past-


右にしか回らない秒針に虚しく慟哭する日々

過去を悔やむ瞬間もその刹那に過去となる

未来とは時間の先に佇まう様なものではなく

現在を消費し積み重なった過去の成れの果て

我々は技術の発展により宇宙や月で暮らせれど

未来を掴みながら生きる事など出来やしない

不確かな時間の果てに怯えながら

過ぎ去ったものに現在を消費する

無駄と知りつつも踏み出せない一歩

前へと十歩進む間に呼吸は十回もしない

限りある時間、迎える最期、尽きる命

恐れ戦きじっとその場に踏み止まるも

一歩踏み出すも一歩後ずさるも自由

選択肢はいつだってあるのだろう

いつだって見えない振りをしているだけで。


-A narrow world-


己の弱さや甘さに気付いてしまった時

他と比べてしまい劣等感を抱いた時に

逃げ道を見つけるのが上手くなる

言い訳をし自分を庇うのが上手くなる

自分より劣っている者を無意識のうちに探す

そして安っぽい薄味の安心感を得る

自虐的に自分を卑下している瞬間は

案外気持ちがいい、無様とも知らず

「仕方が無い」の一言で片付けれてしまうし

現実を直視する必要もないのだから

全てを棚に上げて目一杯自分を甘やかすだけ

自分にとって優しい世界は比較的作りやすい

反面、その世界からは何も生まれやしない

言ってしまえば堕落の園、怠惰の温床、地獄

愚者が列を成して愚者から砂糖菓子をねだる

その気になれば抜け出す事など容易だろう

だが大半の愚者はその抜け道を知りつつも

得意の見えない振りをして今日も列を成し

抜け道を知らない者が気付かないように

砂糖菓子を少し多めに渡し、溺れさせるのだ


-浮世 Melancholy-


いくら内側に蓋をしても滲み出すものはある

隠しきれないおぞましさに溜息が尽きない

私はずっと根を綺麗に汚さず保ってきたはず

そう心掛けていた、そうでありたかった

窓の外に汚染などされていなかった

履き違えたまま学んだ帝王学の融解

性懲りも無く噛み砕いた見解の相違

私自身が呑み込み続けた私自身の悪意

私自身の浅はかな固定観念による裂傷

他を認めない私の価値観によって

保つべきと定めた自らの根を着々と毒した

くだらない自己愛の末に秒針を止めた

柔軟性と許容の足りなさによる呆気ない崩落

既に私の根は私自身に喰われ続け枯れていた

生き続ける以上、微量の毒は避けられない

それならば何も恐れる必要がないように

自らを最も可愛がれる閉鎖した環境に

何にも縛られない世界へ行きたい

彼がそう望むのなら私の居場所もまたそこだ。


今となっては曖昧な月日の経過、幻のよう

桜は朝の雨に打たれ散り、名を失った

蝉は街の喧騒に紛れ息絶えた

椛は風に吹かれ堕ち、新たな命を育む

雪は私の呼吸に併せ舞い降りた

躊躇い無く、意識もせずに踏み躙った

畦道に咲いていた小さな薄紫の花

幼き日の私がそうして命を奪ったように

自分の意思とは裏腹に呆気なく、無情に

何よりも一番に望み、簡単に叶えられる事

手を伸ばせばすぐに届く距離にある願い

だが、私は狡い

「悪戯に季節が巡るから」と指を折り数え

季節が止まれば実現できるかのように

都合よく有り得ない言い訳をして甘えた

病室の窓から移り変わる色を眺め

心の中でその色達を塗り潰した

情けない話だが恐れていた、惜しかった

小さく震え、膝を抱え、爪を噛み泣いた

季節は止まらない、変わりなく流れる

と、現実味の無い「死」を誤魔化していた

そして焦がれ続けた色の無い世界へと来た

遂に来てしまった、望んでいた、筈の場所に

今になって、今更になって未練がましく思う

もし次があるのならもっと純粋に、無垢に

十二の世、四つの色を感じ涙を流したい、と。


"僕はこんな世界を望んでいやしなかった"

ねぇ、それは本気でそう思っているかい

君の世界に色が着こうが着かまいが

戦争は起きていたし皆も死んでいただろう

世界は君のものじゃない、誰のものでもない

色彩の有無に関わらず世界は不条理に溢れ

些細な幸せさえ容赦無く突然に奪われる

権力者のエゴで回る残酷で大きな模型さ

君はその中のほんの極一部に過ぎない

君だけじゃない皆がそう、誰しもがそうさ

だから悲観すべきじゃない、全てに対して

運が悪かっただけ、ただそれだけなんだよ

色の無い世界で過ごした長い記憶の中にも

色が有る世界で過ごした一時の思い出にも

等しく「幸せ」と感じた瞬間があっただろう

全く同じ世界の話さ、君は確かにそこに居た

憎むなとは言わない、憎んだっていい

だけど君が見た幸せの色を忘れるな

君が思うよりも世界はいいものだよ

運が悪かった、残念だが本当にただそれだけさ。


午前3時を過ぎた城の一室で花が散った

枯れかけていたその華奢な花は

美しい花弁を咲かす可憐な一輪花

肥料だけが枯れていた原因なのではない

自ら養分を摂ること止め、毒を分泌し

その毒によって自身を蝕み続けたのだ

ねえ、母様、私は間違っていたのかな…

耐えられなかった、情けないよね

弱いから、母様みたいに強くないから

身分なんて知らない、望んでない

豪華なドレスも豪華な食事も要らない

私はただ、「普通」に過ごしたかった

それが無理な事は分かってたよ、だけど

手を繋いで歩いたり一緒に料理をしたり

甘えたり、叱ったりもしてほしかった

城下町の「普通」の家族に憧れてたの

だけど私は生きている限り「王女」でしょ

今の私は…、どうなのかな

「普通」の女の子になれたのかな

ここなら、母様のいるここでなら

「普通」の女の子でいれると思ったの

それなのにね、母様、もう分からないよ私…

母様言ってたよね

「会えなくなるのは寂しい」って…なのに…

母様、ねぇ……なんでなの、会いたい

寂しいよ、会いたいの……

また前みたいに髪も撫でてほしいよ……

なんで…なんで、何処にもいないの、なんで

返事してよ….母様…、ごめんなさい

私、ごめんなさい…ごめんなさいごめんなさい

私は…、私は私は私は私は……私は…私は…。


どこまでも暗く、音も光も無く、まるで深海

此処がどこだか全くもって見当もつかない

身体が浮いて落ちていくような感覚がある

「死後の世界へようこそ」とでも言われれば

現実味は無いにせよ私は信じるだろうな

それほどにこの空間は私の想像の範囲外だ

こんな事をしている暇など無いというのに

おんぼろ時計の針が止まっていないか

確認をしなくてはならない、私の日課

あれが止まる時は恐らく私が死ぬ時だろう

それに菓子と紅茶の用意もしないといけない

きっとお腹を空かせて待っているだろう

焦る気持ちと少々の苛立ちを抑えながら

私は少し前に見つけた錆び付いた部品を

鞄から取り出し目をじっと凝らしてみた

「暗くてよく見えないな」と笑い、手放した

部品もまた私と同じように漂うのだろう

この先、長い静寂の果てに待ち受けるのは

赤い爪をした裂けた口で嘲笑う天使か

青い瞳をした優しい声で微笑む悪魔か

それともどちらでもない、別の何者か

知る由もない、知ったところで抗えはしない

私は私だ、何処にも、何にも縛られはしない

干渉は受け付けない、全ては私の中にある

善は悪となり、悪もまた善となるのだから

錆びていたのもきっと私の心の方なのだろう。


陽もまだ昇りきらない床冷えする古びた一室

暖炉に薪をくべる鼻歌交じりの陽気な影一つ

この時期、この地域は凍雲に覆われ風も凍り

遺体が数日経っても腐敗しない程に冷え込む

貧民街で人が殺されるのはよくある事だ

国でさえ余程の事が無い限り目を瞑る始末

あの街から人が一人消えて騒ぐ者はいない

むしろその分の食料や金が回ってくる、と

喜び笑う者も少なくはないだろう、酷い街だ

とはいえ衣食住に飢えた者ばかりでもない

もっと精神的な部分に飢えた亡者も多い

簡単な言葉にして表すならば愛情や幸福感

美味いものを食べ、酒を呑み歌い尽くし

絵に描いたような美人を抱いたとしても

満たされやしない、穴は一瞬で空く

欲しているのは一時的なものでは無い

それが故に手にするのは簡単な話ではない

椅子に座った細影の腕に陽気な影が斧を入れる

悲鳴は無い、陽気な影は暖炉にソレを焚べる

"君が居るから僕は今日もこんなにも暖かい

来年の冬は君で作った愛くるしい葡萄酒を

他の「君」を探して一緒に飲む事にするよ。"

次の特別な夢物語を探しだした陽気な影が

死体も凍てつき腐らない冬を溶かしはじめ

暖に当てられた細影は徐々に崩れていき

数日後、不快な音を出して倒れ、春が来た。


言葉にすれば脆く、形すら無い曖昧な理想

それがいつの間にか落とした私の憧れ

振り向くと遠ざかりそっぽを向くと近づく

頭の後ろに目が欲しいだなんておかしな話

心を覗き本心を探れても表面で負ける

目線、声色、唇の動きや呼吸の回数さえ

一つ一つの些細な変化や仕草に怯える

私はそれを悟られぬように笑って誤魔化す

手や唇が震えそうになるのを必死で堪えて

私は私を売る、今日も私が私でいるために

どのようにして産まれたかは知らない

物心着く頃には既に歳の近いの子ら数人と

誰しもが他人の蜜を容赦なく啜ろうとする

この滑稽で薄汚れた楽園で生活をしていた

ボロボロになって捨てられていた絵本で見た

よくある恋物語に私は夢中になった

幾度となく妄想を膨らませた、私も…、と

そして時が経ち、大人とやらになった頃

私は金の対価として身体を売るようになった

回数を重ね、幾つもの偽恋を演じるうちに

次第に昔見た絵本の記憶は薄れていった

私が求めていたものはなんだったのだろう

枯れて荒廃していく欲に蓋をして化粧を直し

香水を一振りして今日も私は踵を鳴らす

"あら、あなたは……初めてね

どうかしたのかしら、そんなに見つめて。"

薄明かりに照らされて微笑む私を映す瞳が

心の内までも覗き込もうとする事にも慣れた。


大空を我が物顔で飛ぶ彼等に私など映らない

喜劇の中のエキストラにすらなれやしない

私が誰かの目に映る時、誰かに認識される時

それは決まって蔑み、嘲笑の対象になる時だ

東の空に浮く巨大な積乱雲に隠れた隣国の雨

西の荒野に埃風を纏いながら咲いた一輪の花

南の海で嵐に飲まれ行方を晦ませた商人の船

北の森林で捕食者に喰われ絶命した猛毒の蛇

意識外の存在、関心が無ければ知る事も無い

眠れば現実味を帯びた絶望を夢に見る

覚めれば悪夢の様な現実に希望を失う

虚実の境界を見失い、心音だけが私を語る

割れた鏡を飽く事無く眺めたまま迎える静寂

葡萄酒を飲み干した頃に鳴り響く教会の鐘

唇を噛み、腕に爪を立てて滲みだす劣等

床に染み込んだ葡萄酒に垂れる血が混ざる

無理矢理に与えられた息苦しい生の最中で

時間の経過により腐りゆく倫理観と存在価値

手負いの傍観者、私は私を悲観し続ける観客

絢爛な理想など泥水に汚れ鼠が齧り蝿が集る

隙を見せれば降り注ぐ雨に打たれ花は枯れた

悪びれも無く鬱蒼と繁茂し続ける雑草を束ね

私はそれを花束と呼び、僅かに残る愛を飾り

誰よりも優雅に、この世界で腐りゆく私に贈ろう。


彼はいつの日からだったか伏し目がちになり

自分の影を眺める癖がついていた

切り離そうとしても切り離す事の出来ない

劣等感を表していたのかもしれない

と、気付くにはあまりにも遅すぎた

何をするにしても隣には彼がいつも居た

私にとって唯一無二の自慢の友人と言える

だが、それは私の一方的な思い込み

共に過ごした十年が過ぎ、大人に近づく頃

彼は徐々に距離を取るようになり

日が経つに連れ、彼との時間は減り続け

とうとう私の時間の中に彼はいなくなった

その彼が、私の大好きだったあの彼が

先日、自らの命に自ら幕を下ろした

殴り書きの彼の遺書には

"息をするように劣等感を感じる"

"あいつと比べてしまう自分が醜い"

"あいつが存在する限り私は惨めだ

私は幼い頃、彼にずっと憧れていた

考え方や行動力、価値観を知り

彼のようになりたい、と影を追った

年齢を重ねる事に徐々に追いつき始め

気付けば彼が私の影を追っていた

私には親しい友人が多くいたが

彼はいつの間にか孤立し、陰が差していた

そんな彼に対して私は

"私が居るから大丈夫"

と、調子良く肩を叩く始末

彼に憧れ、真似をして

私が彼の個性を摘み、行く道を塞ぎ

彼が持っていたありとあらゆる素質を

全て奪い去ってしまった

もし、君の個性を奪わずに互いの道を歩み

私は私のまま、君は君のままで過ごし

いつか私が君に対して劣等感を抱き、嫉妬し

一人で抱え込むようになっていたとしたら

君は気付いて私を救ってしまうんだろう

いくら真似をしても私では成し得ない事を

何気ない顔でやってのけてしまう

君はそういう人だった、だから憧れた

それを私はいつからか履き違えていた

これが本来の私であるかのように

憧れていた事を忘れ振舞っていた

君の人生に陰を差していたのは私だった

これが後悔というものなのだろう

本当にすまない、本当に、本当に

君が居ない私の人生に価値など有りはしない

真似をしなくても、君のようになれなくても

私は君と過ごせればそれで良かったのだろう

今になって、失って、心からそう思う

いや、違う

失ったのではない、私が、私が殺したのだ

誰よりも大好きで大切だった彼を、私が

自分の価値観や個性に向き合うことをせず

彼に憧れ、彼のものを欲し、奪い、殺した

私が彼に与えたのは劣等感と、憎悪だけだ

声にならない叫びを上げて私は泣き崩れた

取り返しのつかない過去に押し潰されて

頭がおかしくなりそうだ

これで君が許してくれるだなんて思わない

これはきっと無責任で自己満足な現実逃避

そうだとしても、それでも償わせてほしい

照れ臭い、なんて自分に言い訳をして

君に感謝の言葉一つも言えていない

君のことだ、余計に私を嫌うかもしれないし

君を殺しておいて都合の良い話だと思うよ

これは恐らく私の価値観の押しつけだろうな

それでも私は君の隣に居たいんだ、今、行くよ。



蕾が美しい花を咲かす為には雨は欠かせない

反面、止まずに振り続く雨は花を腐らせる。

傘をさすだけでは凌ぎきれない雨のその中で

雨を憎み嘆くのも、雨を浴びて踊るのも自由。

冷え切った世界で愛に憧れながらも怯えた末

語られた血に染まる愛に例え殺されようとも

触れたその肌は氷を溶かすほどに暖かかった。

己の心の根を無垢に保ち続ける為に蓋をした

現実のありとあらゆる汚濁から遠ざける為。

秒針が回る度に自分を見失い自分に喰われ

蓋が開いた時、蜜は毒に変わり果て繰り返す。

望んだはずの世界が絶望に満ちた色だった時

自分を悲劇のヒロインだと思い込んでしまう。

今のこの悪夢こそが全て、と視野が狭くなる

目を瞑り時間が経てばまた綺麗な夢は見れる。

思い込みで自分を正当化するのは造作もない

自分以外の人物の心さえコントロール出来る。

現実とはありとあらゆる人間の想像の妥協点

その境界線を見定めなければ妄想に殺される。

何気ない瞬間に突然自我が崩壊する時がある

自分自身の何もかもに嫌気が差し、呆れ返る。

無気力となり時間の経過に心が疲弊した頃

生きる事は愚か、死ぬ事にさえ興味が尽きる。



此処は憂き世、鬱の花が咲き憂の雨が降る暗い箱庭

いくつもの希望が腐り果てる小さな小さな理想郷

今宵も誇り高き何処かの知らない誰かが

葡萄酒を飲み干し、雨音に耳を傾けて夜を明かす。



【 浮世 M' e Lan chol y 】 

   ~何処かの知らない誰かの話~                        Nau