浮世 M' e Lan chol y

何処かの知らない誰かの話

ephemeral

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「先生、今日の空すごくきれい」

「先生、この花かわいい色だね」


そう聞こえ、見上げた空は何処までも白く

薄黒い花は無邪気な少女の手の中で咲いていた


いつか僕の世界に虹が架かったなら

曇り空や雨も好きになれるだろう

僕はちゃんと想像できているかい

あたりまえがあたりまえじゃなくなる日を



生まれ育った孤児院が焼かれて崩れた

まだ中に何人か居ただろう

ずっと一緒に遊んでいた華奢なあの子も

兄のように面倒を見てくれたあの人も

色々な事を教えてくれた物知りな先生も

容赦なく放たれた悪意に対して人は無力

冷たい炎に焼かれて叫喚が響き渡る

町だった場所には瓦礫が積み上げられている

それと部位の足りない死体の山も

皮肉にも怒りと嘆き、憎しみの声で

以前よりも賑わっているように感じる

死臭と煙が立ち込める此処は畜産の町

生きた家畜の姿は何処にも見当たらない

あるのは普段の僕では滅多に食べられない

大きな肉の塊、どれも焼かれ過ぎているけど


決して余裕のある暮らしでは無かった

町も、孤児院も質素なものだっただろう

それでも不自由や不満などは感じずに

皆がそれなりに幸せに暮らしていた

それが何一つの前触れも無くすべて壊れた

皆が寝静まった日付の変わる頃

町の方で大きな爆音が立て続けに鳴った

慌ててカーテンを開けた先に見えたのは

あちこちから上がる炎に包まれる町

二機の飛行機が機首を上げて旋回している

低いエンジン音が妙に心地良く聞こえた

炎はあっという間に町全体を飲み込んで

離れた高台のこの場所からでも町の状況は

安易に想像ができた、地獄絵図だろう

先生の指示で皆が避難を始めた

怯える幼い子達を歳上の僕と数人が誘導する

冷静を装っていても表情はきっと情けなく

泣き喚く子達と変わりは無かっただろう

大半が建物の外に出た時

心地良く聞こえた筈のエンジン音が

近付いてきて一瞬で恐怖へと変わった

そして空から身勝手な正義を二発

誇らしげな大きな音を立てて

此処で育った者の夢や思い出を砕いた


僕は生まれた時から全色盲の観測者

モノクロームの世界を生きている

孤児院は募金を募り医療費にあてている

僕の居る院には大きな病を

患っているような孤児は居なかった

先生は「一緒に塗り絵をしよう」と言って

遠くの病院で治療を受けさせてくれた

皆と比べれば鮮明に映らないかもしれないが

僕の世界にも白と黒以外の色が増えた

モノクロームで生きてきた僕からすれば

充分過ぎる程にカラフルな世界

空の色や花の色、皆が見てる景色を

ずっと見てみたいと思っていた

吸い込まれそうな空の青、緑が萌える山

僕の好きな女の子の髪には

可愛い黄色の花飾りが揺れていた

皆も一緒に喜んでくれた

笑顔でたくさんの色を教えてくれた

十人十色の髪や目の色を映した瞳は潤んだ


それが一昨日の事

今、僕の瞳に映っているのは赤と黒

紅蓮の炎が漆黒の夜空を赤く染め

寂滅の黒煙が立ち上り

町、そして僕の心を焼き尽くしていった

誰が何の為にこんな事を

僕が考えても何も出来やしない

何処かの偉い人が掲げる傍若無人

犠牲を前提とした正義なんだろう


生き残った数人と裏山に隠れ朝を迎えた

小雨が降りそうな曇り空、灰色

町に下りるとそこは目も当てられない光景

吐き出しそうになるのを堪えながら

震える足で行く宛もなく町を歩いた

何処も彼処も醜い色で染まっている

僕が涙を流して喜んだ色彩は此処に無い

今は白黒の世界の方が美しく思える

生き残った数人も町の奥へと姿を消した

追う気にもなれない

路地裏に転がっていた誰かも分からない

腕の足りない焼けた死体の隣に座り

深く溜息をついて隣に目を向ける

馬鹿にするかのように蝿が集っていた

人なんて呆気ない、脆く弱いものだ

どれだけ綺麗に生きても他人のエゴで

いとも簡単に殺されていく

馬鹿げた戦争で無惨に殺されるくらいなら

自ら死んだ方が幾らか気は楽だろう

もっと綺麗な色や景色を見たかった

焼け付いた憎悪にまみれたこの色を

塗り替える事はもう出来やしない

少しでも綺麗な記憶が残っているうちに

嘲笑う色への嫌悪感を抱いているうちに

そう、僕は全色盲の観測者なのだから

足元の小さな瓦礫を手に取り

僕は両目を抉るように潰した

何処かの偉い人へのささやかな抵抗

失ったものからの情けない現実逃避

痛みは当然あった、目にも心にも

モノクロームの血が流れるのを感じた


念の為に、と孤児院から持ち出していた

護身用のピストルを上着から取り出し

頭にゆっくりと銃口を押し当てた

鉄の冷たさに平等な優しさを感じた

呼吸を整え心を決めた時

曇り空の隙間から青空が見えた様な

そんな幻が脳裏に過ぎった

もう一度くらい空を見ておけばよかったな

そんな後悔と共に小雨が降り出した

雨か涙か分からないものを頬に感じながら

声にならない愛想笑いを軽くして

僕は静かに引き金を引いた 

軽く高い音の銃声が町に谺していく

その銃声も、僕の存在も

気にする者など此処にはもういやしない。



嗚呼、僕の想像なんて浅はかでくだらないものだった

世界は僕が思うよりもずっと美しく色彩に満ち溢れて

世界は僕が思うよりもずっと醜く一瞬で色褪せていく


こんな世界で人はいつまで、誰かを愛し誰かを信じ

他人を思いやり、希望を捨てず努力をして夢を追い

貪欲で醜悪な世界に際限なく心を貪られるのを

「あたりまえ」だと錯覚したまま生きていくのだろう