浮世 M' e Lan chol y

何処かの知らない誰かの話

Another

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日が沈みゆく部屋で現実が遠のいていく

在り来りな表情を浮かべて目を擦り

浮き彫りとなる境界線が背中を押す

欠伸で劣等感を呑み込んで立ち上がり

掠れゆく鬱蒼とした存在意義へと手を伸ばした

 

ノスタルジックな柄のソファで目を覚ました

薄目の先には暗い橙に染まる埃の舞う窓辺

頭が回らず意識は未だ遥か遠く夢見心地

時間が流れている感覚を得れずに咳を一つ

得体の知れない歪んだ空間が優しく包み込む

 

見慣れないアンティーク調に統一された部屋

趣味の悪い顔の欠けたピエロのビスクドール

素人が描いたような抽象画を覆う蜘蛛の糸

真っ白なクロスの敷かれたテーブルの上には

銀食器とワインボトルに入った枯れた一輪花

重く沈んだ痩せ細った身体を起こして

まるでこの部屋の住人であるかのように

私は自然と椅子に腰を掛けて息をつき

テーブルの上のシルバーで皿を軽く叩いた

軽快な金属音が部屋に虚しく響き渡る

残響が消え、静寂を呼び戻し、夜を連れてきた

 

床に転がる人間の頭蓋骨はひび割れて上の空

天井裏から這いずる音と鼠の断末魔を聴いた

銀製の細く華奢なジョウロの中は淀んだ泥水

花の柩は私が生まれた年の赤ワインのボトル

全く、本当に良い趣味をしている

些か正気とは思えない程に

この部屋の住人も、世界も、私も

 

何故か不思議と嫌悪感も違和感も抱かない

この廃れた部屋の行方の不明な住人は

唇だけで全ての感情を表すことができる

痩せ型の色白な狂人なのだろう

憶測にしか過ぎない私の妄想劇のプロローグ

 

オプティミスト、下らない楽観主義者の私は

この最悪な状況にさえ好奇心を擽られている

ドアノブは取れてしまっていて開かない

窓は開いているが格子が邪魔をしている

打開策を見つけられずに頭を抱えて

状況を絶望視して年甲斐も無く喚くより

順応してしまった方が心に優しい、と

愉快なステップを踏みたがる脳よりも先に

保守的な直感が警鐘を鳴らしたのだろう

 

そうとなれば暇を幾分と持て余してしまう

ティーカップが棚にあるのを見かけた

紅茶を淹れ、住人の帰りでも待ってみようか

棚には三つ、純白のティーカップが並び

中にはそれぞれティーバッグが入っていて

無駄に紙質の良い付箋が貼られている

現実、勤勉、直視と書かれた三つの付箋

手に取って一つずつ匂いを嗅いでみると

私が心底嫌いな茶葉の香りがした

カップの横に置かれた菓子籠の中から

理想と怠惰、逃避の付箋が貼られている

甘ったるそうな小さい菓子だけを手に取り

横目で棚を閉じて部屋を意味もなく彷徨いた

 

理想を口にするとまるで心が踊るようだった

煌びやかな場所でドレスを身に纏うような味

絵の半分程を悪びれもなく蜘蛛の糸が覆う

芸術的とは程遠い抽象画をぼんやりと眺めた

誰がどんな思いで描いたのか知る由もないが

埃を払う価値すらも無いなんて可哀想に

私が描けば美術館に飾ってもらえるだろう

 

怠惰を舌で溶かすと身体から力が抜け堕ちた

囀る鳥の声を聴きながら夢中に沈むような味

陶器製の道化師がダラりと腕を垂れている

欠けた顔で私に何を訴えているのだろう

ふざけた化粧を落とした貴方を見てみたい

怠惰の付箋を舌を出して貼ってやった

だらしのない君にはとても良く似合っている

 

逃避を齧ると何かから解放された気がした

干渉を寄せつけずに心を甘やかすような味

ワインボトルの中で無様に枯れた花を蔑んだ

過酷な環境下で生きていく自信がないから

誰かの手に甘えて水を貰おうとして

世界から逃げた先でこんな風に枯れるなんて

お願いだからどうか私と一緒だと思わないで

 

そういえばこの部屋には鏡がどこにも無い

いや、無かったことが救いなのだろう

今の私には何一つとして柵は無いのだから

自らの心に罪を背負わせる必要なんて無い

 

映さなくていいモノを容赦なく映す現し世

歪んだ価値観を正当化された暴論で虐げる

期待を言葉で成長させて言葉で刈り落とす

執着をみせた者から一人一人と死んでいく

浮世で咲かせてしまった浅はかな白い花が

海月のように漂っては浮かび、消えていく

忘れる事など出来はしなかった涙跡の朝

幾度となく都合のいい下らない自己擁護で

リアリストへの妬み嫉みを棚に上げた日々

抗えない己の弱さによって生まれた傷口に

盲目な程に愛を注いで明日を嫌った日々を

 

いつまで待っても住人は帰って来なかった

結局ここは何処なのか、何故居るのか

何も分からないままに終わりそうだ

静まり返った部屋で私の息だけが続く

ソファに腰を下ろして窓の外を見ても

何も無く、暗い夜がどこまでも広がっている

明日もこの場所で目を覚ますのだろうか

性に合わない僅かな不安を抱えて目を閉じた

 

 

数え切れない私の呼吸が終わりを迎える頃

私は何を考え暗く深い場所へ落ちるのだろう

 
 

虚ろ虚ろとした不確かな意識の中で

どこか聞き覚えのある声で

何かが聴こえたような気がした

 

見知らぬ何かを恐れて目を覆って耳を塞ぎ

手足に枷をして、首輪を繋いでまで

そうしてまで汚濁から遠ざけ続けた

自分の中に生きるもう一人の無垢な自分

蜜だけを与え続ければ綺麗なままに

そんな腐敗した幻想を養分にして育つ花が

凛と咲いて蝶を呼ぶ事はできない

 

四面楚歌な世界で咲き続ける気高い花に

温室で育てられた花が敵う筈がなかった

 

晴れ間のない嵐を経験した者にだけ

降り続く雨の中踊り続けた者にだけ

知ることのできる世界があるのだろう

 

ふと、目を覚ますと変わり映えのしない

いつもの部屋の鏡の前

振り返ると見飽きたからくり時計が

今にも止まりそうな寂れた音を鳴らしていた。

 

チョコレート、それともキャンディ

今日はどれをあげようか

君は何もしなくていい

私がすべてを受け止めてあげるから