浮世 M' e Lan chol y

何処かの知らない誰かの話

浮世 Melancholy


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-The future is the past-


右にしか回らない秒針に虚しく慟哭する日々

過去を悔やむ瞬間もその刹那に過去となる

未来とは時間の先に佇まう様なものではなく

現在を消費し積み重なった過去の成れの果て

我々は技術の発展により宇宙や月で暮らせれど

未来を掴みながら生きる事など出来やしない

不確かな時間の果てに怯えながら

過ぎ去ったものに現在を消費する

無駄と知りつつも踏み出せない一歩

前へと十歩進む間に呼吸は十回もしない

限りある時間、迎える最期、尽きる命

恐れ戦きじっとその場に踏み止まるも

一歩踏み出すも一歩後ずさるも自由

選択肢はいつだってあるのだろう

いつだって見えない振りをしているだけで。


-A narrow world-


己の弱さや甘さに気付いてしまった時

他と比べてしまい劣等感を抱いた時に

逃げ道を見つけるのが上手くなる

言い訳をし自分を庇うのが上手くなる

自分より劣っている者を無意識のうちに探す

そして安っぽい薄味の安心感を得る

自虐的に自分を卑下している瞬間は

案外気持ちがいい、無様とも知らず

「仕方が無い」の一言で片付けれてしまうし

現実を直視する必要もないのだから

全てを棚に上げて目一杯自分を甘やかすだけ

自分にとって優しい世界は比較的作りやすい

反面、その世界からは何も生まれやしない

言ってしまえば堕落の園、怠惰の温床、地獄

愚者が列を成して愚者から砂糖菓子をねだる

その気になれば抜け出す事など容易だろう

だが大半の愚者はその抜け道を知りつつも

得意の見えない振りをして今日も列を成し

抜け道を知らない者が気付かないように

砂糖菓子を少し多めに渡し、溺れさせるのだ


-浮世 Melancholy-


いくら内側に蓋をしても滲み出すものはある

隠しきれないおぞましさに溜息が尽きない

私はずっと根を綺麗に汚さず保ってきたはず

そう心掛けていた、そうでありたかった

窓の外に汚染などされていなかった

履き違えたまま学んだ帝王学の融解

性懲りも無く噛み砕いた見解の相違

私自身が呑み込み続けた私自身の悪意

私自身の浅はかな固定観念による裂傷

他を認めない私の価値観によって

保つべきと定めた自らの根を着々と毒した

くだらない自己愛の末に秒針を止めた

柔軟性と許容の足りなさによる呆気ない崩落

既に私の根は私自身に喰われ続け枯れていた

生き続ける以上、微量の毒は避けられない

それならば何も恐れる必要がないように

自らを最も可愛がれる閉鎖した環境に

何にも縛られない世界へ行きたい

彼がそう望むのなら私の居場所もまたそこだ。


今となっては曖昧な月日の経過、幻のよう

桜は朝の雨に打たれ散り、名を失った

蝉は街の喧騒に紛れ息絶えた

椛は風に吹かれ堕ち、新たな命を育む

雪は私の呼吸に併せ舞い降りた

躊躇い無く、意識もせずに踏み躙った

畦道に咲いていた小さな薄紫の花

幼き日の私がそうして命を奪ったように

自分の意思とは裏腹に呆気なく、無情に

何よりも一番に望み、簡単に叶えられる事

手を伸ばせばすぐに届く距離にある願い

だが、私は狡い

「悪戯に季節が巡るから」と指を折り数え

季節が止まれば実現できるかのように

都合よく有り得ない言い訳をして甘えた

病室の窓から移り変わる色を眺め

心の中でその色達を塗り潰した

情けない話だが恐れていた、惜しかった

小さく震え、膝を抱え、爪を噛み泣いた

季節は止まらない、変わりなく流れる

と、現実味の無い「死」を誤魔化していた

そして焦がれ続けた色の無い世界へと来た

遂に来てしまった、望んでいた、筈の場所に

今になって、今更になって未練がましく思う

もし次があるのならもっと純粋に、無垢に

十二の世、四つの色を感じ涙を流したい、と。


"僕はこんな世界を望んでいやしなかった"

ねぇ、それは本気でそう思っているかい

君の世界に色が着こうが着かまいが

戦争は起きていたし皆も死んでいただろう

世界は君のものじゃない、誰のものでもない

色彩の有無に関わらず世界は不条理に溢れ

些細な幸せさえ容赦無く突然に奪われる

権力者のエゴで回る残酷で大きな模型さ

君はその中のほんの極一部に過ぎない

君だけじゃない皆がそう、誰しもがそうさ

だから悲観すべきじゃない、全てに対して

運が悪かっただけ、ただそれだけなんだよ

色の無い世界で過ごした長い記憶の中にも

色が有る世界で過ごした一時の思い出にも

等しく「幸せ」と感じた瞬間があっただろう

全く同じ世界の話さ、君は確かにそこに居た

憎むなとは言わない、憎んだっていい

だけど君が見た幸せの色を忘れるな

君が思うよりも世界はいいものだよ

運が悪かった、残念だが本当にただそれだけさ。


午前3時を過ぎた城の一室で花が散った

枯れかけていたその華奢な花は

美しい花弁を咲かす可憐な一輪花

肥料だけが枯れていた原因なのではない

自ら養分を摂ること止め、毒を分泌し

その毒によって自身を蝕み続けたのだ

ねえ、母様、私は間違っていたのかな…

耐えられなかった、情けないよね

弱いから、母様みたいに強くないから

身分なんて知らない、望んでない

豪華なドレスも豪華な食事も要らない

私はただ、「普通」に過ごしたかった

それが無理な事は分かってたよ、だけど

手を繋いで歩いたり一緒に料理をしたり

甘えたり、叱ったりもしてほしかった

城下町の「普通」の家族に憧れてたの

だけど私は生きている限り「王女」でしょ

今の私は…、どうなのかな

「普通」の女の子になれたのかな

ここなら、母様のいるここでなら

「普通」の女の子でいれると思ったの

それなのにね、母様、もう分からないよ私…

母様言ってたよね

「会えなくなるのは寂しい」って…なのに…

母様、ねぇ……なんでなの、会いたい

寂しいよ、会いたいの……

また前みたいに髪も撫でてほしいよ……

なんで…なんで、何処にもいないの、なんで

返事してよ….母様…、ごめんなさい

私、ごめんなさい…ごめんなさいごめんなさい

私は…、私は私は私は私は……私は…私は…。


どこまでも暗く、音も光も無く、まるで深海

此処がどこだか全くもって見当もつかない

身体が浮いて落ちていくような感覚がある

「死後の世界へようこそ」とでも言われれば

現実味は無いにせよ私は信じるだろうな

それほどにこの空間は私の想像の範囲外だ

こんな事をしている暇など無いというのに

おんぼろ時計の針が止まっていないか

確認をしなくてはならない、私の日課

あれが止まる時は恐らく私が死ぬ時だろう

それに菓子と紅茶の用意もしないといけない

きっとお腹を空かせて待っているだろう

焦る気持ちと少々の苛立ちを抑えながら

私は少し前に見つけた錆び付いた部品を

鞄から取り出し目をじっと凝らしてみた

「暗くてよく見えないな」と笑い、手放した

部品もまた私と同じように漂うのだろう

この先、長い静寂の果てに待ち受けるのは

赤い爪をした裂けた口で嘲笑う天使か

青い瞳をした優しい声で微笑む悪魔か

それともどちらでもない、別の何者か

知る由もない、知ったところで抗えはしない

私は私だ、何処にも、何にも縛られはしない

干渉は受け付けない、全ては私の中にある

善は悪となり、悪もまた善となるのだから

錆びていたのもきっと私の心の方なのだろう。


陽もまだ昇りきらない床冷えする古びた一室

暖炉に薪をくべる鼻歌交じりの陽気な影一つ

この時期、この地域は凍雲に覆われ風も凍り

遺体が数日経っても腐敗しない程に冷え込む

貧民街で人が殺されるのはよくある事だ

国でさえ余程の事が無い限り目を瞑る始末

あの街から人が一人消えて騒ぐ者はいない

むしろその分の食料や金が回ってくる、と

喜び笑う者も少なくはないだろう、酷い街だ

とはいえ衣食住に飢えた者ばかりでもない

もっと精神的な部分に飢えた亡者も多い

簡単な言葉にして表すならば愛情や幸福感

美味いものを食べ、酒を呑み歌い尽くし

絵に描いたような美人を抱いたとしても

満たされやしない、穴は一瞬で空く

欲しているのは一時的なものでは無い

それが故に手にするのは簡単な話ではない

椅子に座った細影の腕に陽気な影が斧を入れる

悲鳴は無い、陽気な影は暖炉にソレを焚べる

"君が居るから僕は今日もこんなにも暖かい

来年の冬は君で作った愛くるしい葡萄酒を

他の「君」を探して一緒に飲む事にするよ。"

次の特別な夢物語を探しだした陽気な影が

死体も凍てつき腐らない冬を溶かしはじめ

暖に当てられた細影は徐々に崩れていき

数日後、不快な音を出して倒れ、春が来た。


言葉にすれば脆く、形すら無い曖昧な理想

それがいつの間にか落とした私の憧れ

振り向くと遠ざかりそっぽを向くと近づく

頭の後ろに目が欲しいだなんておかしな話

心を覗き本心を探れても表面で負ける

目線、声色、唇の動きや呼吸の回数さえ

一つ一つの些細な変化や仕草に怯える

私はそれを悟られぬように笑って誤魔化す

手や唇が震えそうになるのを必死で堪えて

私は私を売る、今日も私が私でいるために

どのようにして産まれたかは知らない

物心着く頃には既に歳の近いの子ら数人と

誰しもが他人の蜜を容赦なく啜ろうとする

この滑稽で薄汚れた楽園で生活をしていた

ボロボロになって捨てられていた絵本で見た

よくある恋物語に私は夢中になった

幾度となく妄想を膨らませた、私も…、と

そして時が経ち、大人とやらになった頃

私は金の対価として身体を売るようになった

回数を重ね、幾つもの偽恋を演じるうちに

次第に昔見た絵本の記憶は薄れていった

私が求めていたものはなんだったのだろう

枯れて荒廃していく欲に蓋をして化粧を直し

香水を一振りして今日も私は踵を鳴らす

"あら、あなたは……初めてね

どうかしたのかしら、そんなに見つめて。"

薄明かりに照らされて微笑む私を映す瞳が

心の内までも覗き込もうとする事にも慣れた。


大空を我が物顔で飛ぶ彼等に私など映らない

喜劇の中のエキストラにすらなれやしない

私が誰かの目に映る時、誰かに認識される時

それは決まって蔑み、嘲笑の対象になる時だ

東の空に浮く巨大な積乱雲に隠れた隣国の雨

西の荒野に埃風を纏いながら咲いた一輪の花

南の海で嵐に飲まれ行方を晦ませた商人の船

北の森林で捕食者に喰われ絶命した猛毒の蛇

意識外の存在、関心が無ければ知る事も無い

眠れば現実味を帯びた絶望を夢に見る

覚めれば悪夢の様な現実に希望を失う

虚実の境界を見失い、心音だけが私を語る

割れた鏡を飽く事無く眺めたまま迎える静寂

葡萄酒を飲み干した頃に鳴り響く教会の鐘

唇を噛み、腕に爪を立てて滲みだす劣等

床に染み込んだ葡萄酒に垂れる血が混ざる

無理矢理に与えられた息苦しい生の最中で

時間の経過により腐りゆく倫理観と存在価値

手負いの傍観者、私は私を悲観し続ける観客

絢爛な理想など泥水に汚れ鼠が齧り蝿が集る

隙を見せれば降り注ぐ雨に打たれ花は枯れた

悪びれも無く鬱蒼と繁茂し続ける雑草を束ね

私はそれを花束と呼び、僅かに残る愛を飾り

誰よりも優雅に、この世界で腐りゆく私に贈ろう。


彼はいつの日からだったか伏し目がちになり

自分の影を眺める癖がついていた

切り離そうとしても切り離す事の出来ない

劣等感を表していたのかもしれない

と、気付くにはあまりにも遅すぎた

何をするにしても隣には彼がいつも居た

私にとって唯一無二の自慢の友人と言える

だが、それは私の一方的な思い込み

共に過ごした十年が過ぎ、大人に近づく頃

彼は徐々に距離を取るようになり

日が経つに連れ、彼との時間は減り続け

とうとう私の時間の中に彼はいなくなった

その彼が、私の大好きだったあの彼が

先日、自らの命に自ら幕を下ろした

殴り書きの彼の遺書には

"息をするように劣等感を感じる"

"あいつと比べてしまう自分が醜い"

"あいつが存在する限り私は惨めだ

私は幼い頃、彼にずっと憧れていた

考え方や行動力、価値観を知り

彼のようになりたい、と影を追った

年齢を重ねる事に徐々に追いつき始め

気付けば彼が私の影を追っていた

私には親しい友人が多くいたが

彼はいつの間にか孤立し、陰が差していた

そんな彼に対して私は

"私が居るから大丈夫"

と、調子良く肩を叩く始末

彼に憧れ、真似をして

私が彼の個性を摘み、行く道を塞ぎ

彼が持っていたありとあらゆる素質を

全て奪い去ってしまった

もし、君の個性を奪わずに互いの道を歩み

私は私のまま、君は君のままで過ごし

いつか私が君に対して劣等感を抱き、嫉妬し

一人で抱え込むようになっていたとしたら

君は気付いて私を救ってしまうんだろう

いくら真似をしても私では成し得ない事を

何気ない顔でやってのけてしまう

君はそういう人だった、だから憧れた

それを私はいつからか履き違えていた

これが本来の私であるかのように

憧れていた事を忘れ振舞っていた

君の人生に陰を差していたのは私だった

これが後悔というものなのだろう

本当にすまない、本当に、本当に

君が居ない私の人生に価値など有りはしない

真似をしなくても、君のようになれなくても

私は君と過ごせればそれで良かったのだろう

今になって、失って、心からそう思う

いや、違う

失ったのではない、私が、私が殺したのだ

誰よりも大好きで大切だった彼を、私が

自分の価値観や個性に向き合うことをせず

彼に憧れ、彼のものを欲し、奪い、殺した

私が彼に与えたのは劣等感と、憎悪だけだ

声にならない叫びを上げて私は泣き崩れた

取り返しのつかない過去に押し潰されて

頭がおかしくなりそうだ

これで君が許してくれるだなんて思わない

これはきっと無責任で自己満足な現実逃避

そうだとしても、それでも償わせてほしい

照れ臭い、なんて自分に言い訳をして

君に感謝の言葉一つも言えていない

君のことだ、余計に私を嫌うかもしれないし

君を殺しておいて都合の良い話だと思うよ

これは恐らく私の価値観の押しつけだろうな

それでも私は君の隣に居たいんだ、今、行くよ。



蕾が美しい花を咲かす為には雨は欠かせない

反面、止まずに振り続く雨は花を腐らせる。

傘をさすだけでは凌ぎきれない雨のその中で

雨を憎み嘆くのも、雨を浴びて踊るのも自由。

冷え切った世界で愛に憧れながらも怯えた末

語られた血に染まる愛に例え殺されようとも

触れたその肌は氷を溶かすほどに暖かかった。

己の心の根を無垢に保ち続ける為に蓋をした

現実のありとあらゆる汚濁から遠ざける為。

秒針が回る度に自分を見失い自分に喰われ

蓋が開いた時、蜜は毒に変わり果て繰り返す。

望んだはずの世界が絶望に満ちた色だった時

自分を悲劇のヒロインだと思い込んでしまう。

今のこの悪夢こそが全て、と視野が狭くなる

目を瞑り時間が経てばまた綺麗な夢は見れる。

思い込みで自分を正当化するのは造作もない

自分以外の人物の心さえコントロール出来る。

現実とはありとあらゆる人間の想像の妥協点

その境界線を見定めなければ妄想に殺される。

何気ない瞬間に突然自我が崩壊する時がある

自分自身の何もかもに嫌気が差し、呆れ返る。

無気力となり時間の経過に心が疲弊した頃

生きる事は愚か、死ぬ事にさえ興味が尽きる。



此処は憂き世、鬱の花が咲き憂の雨が降る暗い箱庭

いくつもの希望が腐り果てる小さな小さな理想郷

今宵も誇り高き何処かの知らない誰かが

葡萄酒を飲み干し、雨音に耳を傾けて夜を明かす。



【 浮世 M' e Lan chol y 】 

   ~何処かの知らない誰かの話~                        Nau







Another

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日が沈みゆく部屋で現実が遠のいていく

在り来りな表情を浮かべて目を擦り

浮き彫りとなる境界線が背中を押す

欠伸で劣等感を呑み込んで立ち上がり

掠れゆく鬱蒼とした存在意義へと手を伸ばした

 

ノスタルジックな柄のソファで目を覚ました

薄目の先には暗い橙に染まる埃の舞う窓辺

頭が回らず意識は未だ遥か遠く夢見心地

時間が流れている感覚を得れずに咳を一つ

得体の知れない歪んだ空間が優しく包み込む

 

見慣れないアンティーク調に統一された部屋

趣味の悪い顔の欠けたピエロのビスクドール

素人が描いたような抽象画を覆う蜘蛛の糸

真っ白なクロスの敷かれたテーブルの上には

銀食器とワインボトルに入った枯れた一輪花

重く沈んだ痩せ細った身体を起こして

まるでこの部屋の住人であるかのように

私は自然と椅子に腰を掛けて息をつき

テーブルの上のシルバーで皿を軽く叩いた

軽快な金属音が部屋に虚しく響き渡る

残響が消え、静寂を呼び戻し、夜を連れてきた

 

床に転がる人間の頭蓋骨はひび割れて上の空

天井裏から這いずる音と鼠の断末魔を聴いた

銀製の細く華奢なジョウロの中は淀んだ泥水

花の柩は私が生まれた年の赤ワインのボトル

全く、本当に良い趣味をしている

些か正気とは思えない程に

この部屋の住人も、世界も、私も

 

何故か不思議と嫌悪感も違和感も抱かない

この廃れた部屋の行方の不明な住人は

唇だけで全ての感情を表すことができる

痩せ型の色白な狂人なのだろう

憶測にしか過ぎない私の妄想劇のプロローグ

 

オプティミスト、下らない楽観主義者の私は

この最悪な状況にさえ好奇心を擽られている

ドアノブは取れてしまっていて開かない

窓は開いているが格子が邪魔をしている

打開策を見つけられずに頭を抱えて

状況を絶望視して年甲斐も無く喚くより

順応してしまった方が心に優しい、と

愉快なステップを踏みたがる脳よりも先に

保守的な直感が警鐘を鳴らしたのだろう

 

そうとなれば暇を幾分と持て余してしまう

ティーカップが棚にあるのを見かけた

紅茶を淹れ、住人の帰りでも待ってみようか

棚には三つ、純白のティーカップが並び

中にはそれぞれティーバッグが入っていて

無駄に紙質の良い付箋が貼られている

現実、勤勉、直視と書かれた三つの付箋

手に取って一つずつ匂いを嗅いでみると

私が心底嫌いな茶葉の香りがした

カップの横に置かれた菓子籠の中から

理想と怠惰、逃避の付箋が貼られている

甘ったるそうな小さい菓子だけを手に取り

横目で棚を閉じて部屋を意味もなく彷徨いた

 

理想を口にするとまるで心が踊るようだった

煌びやかな場所でドレスを身に纏うような味

絵の半分程を悪びれもなく蜘蛛の糸が覆う

芸術的とは程遠い抽象画をぼんやりと眺めた

誰がどんな思いで描いたのか知る由もないが

埃を払う価値すらも無いなんて可哀想に

私が描けば美術館に飾ってもらえるだろう

 

怠惰を舌で溶かすと身体から力が抜け堕ちた

囀る鳥の声を聴きながら夢中に沈むような味

陶器製の道化師がダラりと腕を垂れている

欠けた顔で私に何を訴えているのだろう

ふざけた化粧を落とした貴方を見てみたい

怠惰の付箋を舌を出して貼ってやった

だらしのない君にはとても良く似合っている

 

逃避を齧ると何かから解放された気がした

干渉を寄せつけずに心を甘やかすような味

ワインボトルの中で無様に枯れた花を蔑んだ

過酷な環境下で生きていく自信がないから

誰かの手に甘えて水を貰おうとして

世界から逃げた先でこんな風に枯れるなんて

お願いだからどうか私と一緒だと思わないで

 

そういえばこの部屋には鏡がどこにも無い

いや、無かったことが救いなのだろう

今の私には何一つとして柵は無いのだから

自らの心に罪を背負わせる必要なんて無い

 

映さなくていいモノを容赦なく映す現し世

歪んだ価値観を正当化された暴論で虐げる

期待を言葉で成長させて言葉で刈り落とす

執着をみせた者から一人一人と死んでいく

浮世で咲かせてしまった浅はかな白い花が

海月のように漂っては浮かび、消えていく

忘れる事など出来はしなかった涙跡の朝

幾度となく都合のいい下らない自己擁護で

リアリストへの妬み嫉みを棚に上げた日々

抗えない己の弱さによって生まれた傷口に

盲目な程に愛を注いで明日を嫌った日々を

 

いつまで待っても住人は帰って来なかった

結局ここは何処なのか、何故居るのか

何も分からないままに終わりそうだ

静まり返った部屋で私の息だけが続く

ソファに腰を下ろして窓の外を見ても

何も無く、暗い夜がどこまでも広がっている

明日もこの場所で目を覚ますのだろうか

性に合わない僅かな不安を抱えて目を閉じた

 

 

数え切れない私の呼吸が終わりを迎える頃

私は何を考え暗く深い場所へ落ちるのだろう

 
 

虚ろ虚ろとした不確かな意識の中で

どこか聞き覚えのある声で

何かが聴こえたような気がした

 

見知らぬ何かを恐れて目を覆って耳を塞ぎ

手足に枷をして、首輪を繋いでまで

そうしてまで汚濁から遠ざけ続けた

自分の中に生きるもう一人の無垢な自分

蜜だけを与え続ければ綺麗なままに

そんな腐敗した幻想を養分にして育つ花が

凛と咲いて蝶を呼ぶ事はできない

 

四面楚歌な世界で咲き続ける気高い花に

温室で育てられた花が敵う筈がなかった

 

晴れ間のない嵐を経験した者にだけ

降り続く雨の中踊り続けた者にだけ

知ることのできる世界があるのだろう

 

ふと、目を覚ますと変わり映えのしない

いつもの部屋の鏡の前

振り返ると見飽きたからくり時計が

今にも止まりそうな寂れた音を鳴らしていた。

 

チョコレート、それともキャンディ

今日はどれをあげようか

君は何もしなくていい

私がすべてを受け止めてあげるから

春夏秋冬

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春ニナリ、桜ガ咲イテ、私ハ枯レタ

夏ニナリ、蝉ガ鳴イテ、私ハ哭イタ

秋ニナリ、椛ガ揺レテ、私ハ落チタ

冬ニナリ、霜ガ降リテ、私ハ消エタ

 

 

幼い頃に何度か遊んだ「あの子」は

何年か前に流行り病で亡くなったらしい

無邪気に笑う人だったことは覚えている

名前はもう忘れてしまったけれど

満開の桜を散らした春の朝雨が降る日

 

いつからだったのかは覚えていない

目紛るしい街の雑踏の中で

日に日に自分の存在価値が薄れて感じた

私は過去に縋り無残に泣き喚いていた

蝉が未来の為に鳴く夏の白昼夢の中で

 

隔離病棟の一室で今日もまた爪を噛む

窓の外の色褪せた椛が落ちそうだ

枯れた葉は他の生き物の養分となる

私は… 

噛んだ爪が赤く染まった秋の夕暮れ

 

痩せ細った汚い腕にはいくつもの点滴

消えかけの灯が薄暗く私を照らす

冷えきっているのは私のすべて

死神は生暖かい眼差しを向けてくる

滔々と白い雪が降りしきる冬の夜空

 

 

季節は悪戯に幾度となく私を巡り続けた

だが、漸く、やっと終わりを迎えられる

この時を待ち焦がれ望んでいた

自分の力で叶えることも出来ただろう

けれど私は怯え、息を吐き呼吸を整え

繰り返す四季の巡りに甘えていたのだ

 

私も遠い春の日の「あの子」

雨に降られて名を失いゆく桜の花弁

蝉が息を途絶えた夏の終わり

存在は薄れるのではなく消え失せる

風に揺れる血の滲んだ秋の窓辺

枯れて腐った心を求める者はいない

死が滔々と降りしきる冬の寒空

消えかけていたのは灯ではなく私の命

 

 

春夏秋冬、其の全てに読めぬ狂乱の風が吹き

人の世に荒波を巻き起こしては気紛れに凪ぐ

ephemeral

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「先生、今日の空すごくきれい」

「先生、この花かわいい色だね」


そう聞こえ、見上げた空は何処までも白く

薄黒い花は無邪気な少女の手の中で咲いていた


いつか僕の世界に虹が架かったなら

曇り空や雨も好きになれるだろう

僕はちゃんと想像できているかい

あたりまえがあたりまえじゃなくなる日を



生まれ育った孤児院が焼かれて崩れた

まだ中に何人か居ただろう

ずっと一緒に遊んでいた華奢なあの子も

兄のように面倒を見てくれたあの人も

色々な事を教えてくれた物知りな先生も

容赦なく放たれた悪意に対して人は無力

冷たい炎に焼かれて叫喚が響き渡る

町だった場所には瓦礫が積み上げられている

それと部位の足りない死体の山も

皮肉にも怒りと嘆き、憎しみの声で

以前よりも賑わっているように感じる

死臭と煙が立ち込める此処は畜産の町

生きた家畜の姿は何処にも見当たらない

あるのは普段の僕では滅多に食べられない

大きな肉の塊、どれも焼かれ過ぎているけど


決して余裕のある暮らしでは無かった

町も、孤児院も質素なものだっただろう

それでも不自由や不満などは感じずに

皆がそれなりに幸せに暮らしていた

それが何一つの前触れも無くすべて壊れた

皆が寝静まった日付の変わる頃

町の方で大きな爆音が立て続けに鳴った

慌ててカーテンを開けた先に見えたのは

あちこちから上がる炎に包まれる町

二機の飛行機が機首を上げて旋回している

低いエンジン音が妙に心地良く聞こえた

炎はあっという間に町全体を飲み込んで

離れた高台のこの場所からでも町の状況は

安易に想像ができた、地獄絵図だろう

先生の指示で皆が避難を始めた

怯える幼い子達を歳上の僕と数人が誘導する

冷静を装っていても表情はきっと情けなく

泣き喚く子達と変わりは無かっただろう

大半が建物の外に出た時

心地良く聞こえた筈のエンジン音が

近付いてきて一瞬で恐怖へと変わった

そして空から身勝手な正義を二発

誇らしげな大きな音を立てて

此処で育った者の夢や思い出を砕いた


僕は生まれた時から全色盲の観測者

モノクロームの世界を生きている

孤児院は募金を募り医療費にあてている

僕の居る院には大きな病を

患っているような孤児は居なかった

先生は「一緒に塗り絵をしよう」と言って

遠くの病院で治療を受けさせてくれた

皆と比べれば鮮明に映らないかもしれないが

僕の世界にも白と黒以外の色が増えた

モノクロームで生きてきた僕からすれば

充分過ぎる程にカラフルな世界

空の色や花の色、皆が見てる景色を

ずっと見てみたいと思っていた

吸い込まれそうな空の青、緑が萌える山

僕の好きな女の子の髪には

可愛い黄色の花飾りが揺れていた

皆も一緒に喜んでくれた

笑顔でたくさんの色を教えてくれた

十人十色の髪や目の色を映した瞳は潤んだ


それが一昨日の事

今、僕の瞳に映っているのは赤と黒

紅蓮の炎が漆黒の夜空を赤く染め

寂滅の黒煙が立ち上り

町、そして僕の心を焼き尽くしていった

誰が何の為にこんな事を

僕が考えても何も出来やしない

何処かの偉い人が掲げる傍若無人

犠牲を前提とした正義なんだろう


生き残った数人と裏山に隠れ朝を迎えた

小雨が降りそうな曇り空、灰色

町に下りるとそこは目も当てられない光景

吐き出しそうになるのを堪えながら

震える足で行く宛もなく町を歩いた

何処も彼処も醜い色で染まっている

僕が涙を流して喜んだ色彩は此処に無い

今は白黒の世界の方が美しく思える

生き残った数人も町の奥へと姿を消した

追う気にもなれない

路地裏に転がっていた誰かも分からない

腕の足りない焼けた死体の隣に座り

深く溜息をついて隣に目を向ける

馬鹿にするかのように蝿が集っていた

人なんて呆気ない、脆く弱いものだ

どれだけ綺麗に生きても他人のエゴで

いとも簡単に殺されていく

馬鹿げた戦争で無惨に殺されるくらいなら

自ら死んだ方が幾らか気は楽だろう

もっと綺麗な色や景色を見たかった

焼け付いた憎悪にまみれたこの色を

塗り替える事はもう出来やしない

少しでも綺麗な記憶が残っているうちに

嘲笑う色への嫌悪感を抱いているうちに

そう、僕は全色盲の観測者なのだから

足元の小さな瓦礫を手に取り

僕は両目を抉るように潰した

何処かの偉い人へのささやかな抵抗

失ったものからの情けない現実逃避

痛みは当然あった、目にも心にも

モノクロームの血が流れるのを感じた


念の為に、と孤児院から持ち出していた

護身用のピストルを上着から取り出し

頭にゆっくりと銃口を押し当てた

鉄の冷たさに平等な優しさを感じた

呼吸を整え心を決めた時

曇り空の隙間から青空が見えた様な

そんな幻が脳裏に過ぎった

もう一度くらい空を見ておけばよかったな

そんな後悔と共に小雨が降り出した

雨か涙か分からないものを頬に感じながら

声にならない愛想笑いを軽くして

僕は静かに引き金を引いた 

軽く高い音の銃声が町に谺していく

その銃声も、僕の存在も

気にする者など此処にはもういやしない。



嗚呼、僕の想像なんて浅はかでくだらないものだった

世界は僕が思うよりもずっと美しく色彩に満ち溢れて

世界は僕が思うよりもずっと醜く一瞬で色褪せていく


こんな世界で人はいつまで、誰かを愛し誰かを信じ

他人を思いやり、希望を捨てず努力をして夢を追い

貪欲で醜悪な世界に際限なく心を貪られるのを

「あたりまえ」だと錯覚したまま生きていくのだろう

親の心子知らず

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何もかもが意味を無くし世界の淵に立った時

静寂が恐ろしいものだと改めて実感した

 

自分にとって都合のいいように物事を捉え

あの人は、あの人ならこれを望むだろうと

現実から目を背けるように想像の中へ身を投げた

 

期待を裏切られ、どれだけ失望したとしても

私だけはこの子を否定してはいけない

失ったものはもう戻らない

それでもこの子にとっては幸せなのだから

 

 

 

 

午前3時を過ぎた頃、私はそっと窓を開けた

ムスカリの刺繍が施されたカーテンが揺れ

ティアドロップの飾り気のない

グリーンメノウのイヤリングも静かに揺れた

静寂に包まれた死んだような世界に誘われ

揺れたイヤリングに指先でそっと触れた後

美しく装飾された窓枠から私は身を投げた

 

私は容姿をよく褒められる、容姿だけを

自分の容姿を醜いとは思わない

決して美しいとも思いはしないけど

「王女」 こんな飾り言葉がなければ

誰も執拗に褒めたりもしないだろう

此処に生まれてしまったことは覆せない

感嘆する事で何かが変わるのなら

喉が切れて血を吐いても嘆き叫び続ける

「不自由の無い暮らしをしているくせに」

誰かにそう思われていても仕方がない

此処では私の望みならばなんだって

いとも簡単にすぐに叶ってしまう

故に私は人として生きている心地がしない

時折、側近に無理を言って城下町へと

連れて行ってもらう事がある

私の国は隣国の発展し栄えた国に比べれば

痩せ細った枯れてしまいそうな国だ

そんな国だというのに町の人々の顔には

城の中には無い楽しげな笑顔が浮かび

街角には近々この国にやってくる

サーカスの張り紙が貼ってある

子供達がキラキラした顔をして

演目を見つめ想像を膨らませている

青果や精肉、雑貨などの露店もあるが

此処では仕入れるのも簡単では無いだろう

町の人々全てが輝いて見えて目が眩む

城下町の奥、路地をいくつも曲がった先

この国で最も手が届いていない場所

俗に「貧民街」と呼ばれている場所へは

絶対に連れて行ってくれない

私がなによりも感じたいのはそこなのに

煌びやかじゃない暗く淀んだ場所

この国の埃を被っている場所に

私の何か別の生きる道がある気がした

側近の目を盗んで一度見に行った時

荒廃した酒場のような建物の裏で

揉めている様子の若い男女がいた

男が女の首を掴んでいる

そんな状況なのに女の人は笑っていた

とても綺麗で淡く、儚い女性だった 

私には無い素敵なものを感じた

面白い顔で探しに来た側近に連れられ

その場をあとにした

私もあの人のようになれたら、と

心の片隅で少しばかりの憧れを抱いた

 

この小さく揺れるイヤリングは私のお守りだ

王妃だった母が身に付けていた物で

小さい頃に我儘を言って譲って貰った

母は身体が弱く私が幼い頃から

医者にかかりきりだった

私は母が大好きでいつも一緒にいた

優しい笑顔で髪を撫でてくれたが

その時も身体は蝕まれていたのだろう

私の前で苦しい素振りなど見せなかった

母は色々な事を教えてくれた

だけど、今の私には意味の無い言葉の羅列

私が14歳の時、母の人生に幕が降りた

死にゆく母の手を握った

握り返してくれたその手は細く、弱く 

見つめる眼差しも虚ろだったが

それでも母の美しさは変わることはない

途切れ途切れの脆い声で

 

"死ぬことは怖くないのよ、だから泣かないで

あなたに会えなくなるのは寂しいけれど

イヤリング、あなたによく似合ってるわね"

 

母はそう言うとイヤリングに手を伸ばしたが

その指先は触れることなくだらりと落ちた

 

父はこの国の4代目の王、先代は立派だった

歴史はまだそれほど深い国ではない

父が王になってからこの国は荒んでいった

「私腹を肥やす」父の為にあるような言葉だ

それでいるくせに国民には好かれている

どんな善良な人間にも裏はあるのだろうか

幾度となく私は父の駒にされてきた

執拗に褒められる容姿で蜜を塗って

罠にかかった汚い虫から吸い尽くす

各国の要人も色欲には忠実な馬鹿ばかり

その行為にさえ特別な感情も抱かなかった

母が死んだ日から私の心も枯れていた

父の事は母が死ぬ前から好きではなかった

思い返せば思い出の一つもない

父も私には興味は無かったのだろう

私は父の「娘」ではなく、国の「王女」でもなく

私腹を肥やす「道具」としての価値しかない

暮らしにこれといった不自由はなくても

私の心はありとあらゆるものに縛られていた

苦しくて息が詰まる、それでも呼吸は続く

終わりにしよう、詰まらなく惨めな私を

 

母を亡くした日、私もきっと死んだのだろう

人間の代わり、王女の代わりは幾らでもいる

だけど今のこの心に取って代わるものはない

共感なんてさせない、理解も必要ない

哀れみも憂いも要らない、何一つ

母を追う事が私の望んだ事

きっと母もそれを願ってくれている

一人で彷徨う暗い世界は寂しい筈だから

 

母が身に付けていた頃と今の私とでは

グリーンメノウに祈る意味も異なる

母はきっと自らの心身の調和と再生を祈り

私は今までの憂鬱とこれから死ぬ事への

不安を取り除き、勇気を与えて貰う為に

グリーンメノウは調和と勇気をもたらす石

母の最期を看取った次は私の最期を見届ける

部屋に飾ってある母の小さな遺影を胸にしまい

ふと横目で時計を見ると午前3時を過ぎていた

私は窓を開け、陽が昇れば活気と笑みに溢れ

人が生き生きと暮らし過ごす街並みを眺めた

閑静な外の空気にあてられ目の前にある死が

急に現実味を帯びて手が震え息が漏れる

優しく冷たい風が頬を撫でイヤリングを揺らし

失望と失意で織られたカーテンが揺れて

身体に鬱陶しく纒わり付く

それはまるで私を引き止めるかのようだったが

私はサッと振り払い

邪魔をしないでくれ、と溜息をついた

 

「ああ…母様、もうすぐ会えるから待っていて

これでもう寂しくないよね、母様も…私も」

 

遺影が空を舞い耳元に落ちて血が滲み

薄れゆく意識の中で母が泣いている

「私も会えて嬉しいよ、母様…」

閉じかけた目の先にムスカリが咲いていた。

 

 

ムスカリ(学名: Muscari)

ツルボ亜科ムスカリ属の植物の総称。

名の由来はギリシャ語の moschosムスクであり

麝香のことである。

 

花言葉

寛大なる愛、明るい未来、通じ合う心、失望、失意 

 

Ambiguous


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自分の心すらまともに理解できずに

他人の心なんて理解できるはずもない

それでも人は他人に理解を求めて

共感を得ようと必死になる


退屈な独りよがりの時間が今日も過ぎる




見飽きたからくり時計の秒針が年老いて

寂れた音で幾度となく同じ道を辿り

数え切れない私の呼吸が終わりを迎える頃

私は何を考え暗く深い場所へ落ちるんだろう

時間の先に確かに存在しているのは死だけだ

それだけは変わることの無い信憑性の具現

それ以外は不確かで掴めない空想上の夢幻


私は私に意味を見い出せないまま

曖昧に月日を過ごしている

他愛無い日常に味気無さを感じ

いつかきっと、と未来を語るくせに

何もしないままただ無駄に生きている

凍りつきそうな指先で身を震わせながら

紫煙を空に溶かすこの季節は

鬱陶しい程に眩しい月明かりが心を沈ませる

私が一向に変われない理由を

変わり行く季節のせいにして私は夢を謳う


此処が天国ならもっと楽だっただろうか

此処が地獄ならもっと辛かっただろうか

私が死んだら行けるのだろうか

どちらでもない場所かもしれない

何処へも行けないのかもしれない 

目の前の今をまともに生きられない私に

他の場所なんてないものねだり 

天国も地獄も此処に在る

誰しもが悪魔で狡猾なこの場所で

生気を吸い取られながら這うしかない


愛を語るには部品が足りなさすぎるんだ

ゆっくりと紅茶でも淹れながら

一つ、二つと見つけられるといいが

仮に失くしていた部品が見つかっても

私が錆びていたらその真新しい部品は

取り付ける事すら出来ないのだろうけど


私が私自身に悪趣味な首輪を繋いでいる

歩みだそうとする脚に枷をして

何かを掴もうとする手に錠をして

「外の世界は危ないから」と言い聞かせ

自分を可愛がれる環境から出さないように

怖いものを見ないように目隠しをして

怖い話を聞かないように耳を塞ぐくせに

すべてを窓の外の価値観のせいにする

可哀想な自分自身を可愛がるのに精一杯


数え切れない私の呼吸が終わりを迎える頃

私は何を考え暗く深い場所へ、と

死んだ事にも気づかないまま繰り返す


止まない雨は無い事は分かっている

いつか止むんだろう、この雨も

雲の向こうはいつだって青空だ

傘を差して歩く事だってできるが

今、降り続くこの雨に耐えられない

不確かな未来志向に過去を置去りにして

現在を楽観視する事なんて此処では出来ない


名前と顔が一致しない何かに声を殺し願い

その場限りの信仰さえも緩衝材にした

叶えるのは自分と初めから知っているくせに。



都合のいい事しか見向きしない世界に

抗えないまま落とされて

不都合を押し付けられて生きていく


綺麗事だけでは生きられない世界で

汚れたものを毛嫌いして

綺麗な自分を演じながら生きていく

氷点下

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急に来てごめんね、だけど

こうでもしないと君は会ってくれないだろう

 

その服、別の男に貰ったのかい

いや、よく似合ってるよ...すごく、ね。

 

 

煙草の煙を纏った「すき」を伝えてくれる君と

僕の夢を葡萄酒で流し込む君が好きだったよ

 

君がどのように産まれ育ち生きてきたのか

どんな人間なのかは勿論知っていたさ

いや、知った気でいた、が正しいのかな

僕は馬鹿な奴だったね

世界の汚さ、残酷さを理解した気になって

失う事は普通の事だと自分に言い聞かせ

あらゆる負の感情を知ったつもりでいた

本当は何一つ理解なんかしていなくて

失う事すらまともに経験しないまま

光の差さないこの憂鬱な世界の中で

虚勢を張って自分を作っていた

だから君から吐き捨てられた言葉を

空っぽな気紛れだと知りつつも

僕は馬鹿みたいに嬉しがったんだ

薄っぺらい僕を愛してくれた気がした

たった一言、君が適当に言った「すき」で

簡単に崩れる程に僕の虚勢は

あってないようなものだった

 

「可哀想な人」 認めたくなかったんだよ

僕の中の意味のない見栄だけの

くだらないプライドが邪魔をした

認めてしまったら何かが壊れそうで

僕が勝手に期待していただけなのに

裏切られたって思ったんだ、ごめんね

君の細くて色も白く美しい

この首も好きだったよ

僕が絞める手に力をいれた時

凛とした表情が少し歪んで

生唾を呑み込むのがよく分かった

僕の事を感じてくれているんだって

「躊躇っている貴方が好き」

苦しそうな声で君は微笑んで言ったけど

君の感情の篭ったそんな言葉は

聞きたくはなかったよ

僕は君に好かれたいとは思ってなかった

君の本心の「好き」なんて要らなかったし

僕に興味を抱かなくてよかった

冷めた君を僕だけのものにしたかった

そんな君だったから惹かれたんだよ

いつものように心無く微笑みながら

吐き出す言葉に煙を纏わせて

偽りの「すき」を伝えてくれる君と

僕の腕の中で静かに眠る儚くて

死人の様な綺麗な君が好きだった

僕が愛した君はもう居ない

その時にそう感じたんだ

僕が変えてしまったんだろうけど

 

嗚呼、ずっと欲しかった、ずっと

嬉しくて涙がでるよ

悲哀や後悔なんて何一つないのさ

涙の理由、君は当てられなかったよ

君も僕を知ったつもりでいたんだね

これからも僕は君だけの為に涙を流すよ

君が何度も笑った薄っぺらい夢物語を

君に語りながら僕が死ぬ時までずっと

こんな幸せはきっと他にないだろうね

君の望みも叶ったんだし

それなのに僕の声が聞こえないなんて

君は「可哀想な人」だ、同情するよ

 

雪が降ってきたよ、君は冬がよく似合う

この世を冷めた目で見ていた君にはね

帰ろう、もうこんなにも夜が更けた

 

今夜も冷える、君の体温よりもずっと。

 

 

形は問わない、生死さえも

欲しいものが手に入るなら

 

暖炉に薪をくべよう

君の好んだ葡萄酒が完全に腐る頃

君もまた同じように腐るのだろう

売女

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あら、またあなたなの

よっぽど暇なのね

こんな所に何度も来るなんて

 

いったい私の何を買いたいのかしら

 

 

私が形の無い「ソレ」に興味を持たない事を

薄汚れた世を映して生きてきたあなたが

何故そんなに綺麗な涙を流してまで

何かを失ったかのように悲しむのかしら

「失う事は慣れている」あなたの口癖よ

私なんてそこらに転がってる口無しと

なんら変わりないっていうのに

何がお気に召したのかしら おかしな人ね

その涙だって私のことを想っての

涙じゃないことくらい分かるの

あなたは傲慢な人だもの そして繊細

まるで子供みたいな人 

無駄な涙を流して勿体無いわね

私じゃなくて興味を抱いてくれる誰かに

あなたの「ソレ」を分かち合える誰かに

夢物語を語りながら流せばいいのに

受け止めてくれる誰かを愛せばいいのに

報われない努力 ご苦労様ね 

伝えるだけ伝えて叶わない

自分のものにならないって分かったら

そんな風に泣くなんてあなたって本当に、

別に馬鹿になんかしていないわ

ただ 可哀想な人 って思っただけよ 哀れね

やだ そんなに怒らないでよ

それとも動揺しているのかしら

私の首 細いでしょう

貧弱なあなたの腕が逞しく見えるほどに

いいのよ そのまま絞めたって

あなたに私が殺せるかしら

それは分からないけれど

私にもひとつだけ分かることがあるの

今ここで私を殺しても殺さなくても

あなたがこのあとも泣くって事

自分の手で殺しておいて 「失った」って

悲哀にふけるのかしら

それともここまでしたくせに怖気づいて

殺せなかった情けなさかもしれないわね

どちらにしても私には関係の無い事よ

私 あなたにもこの世界にも

これっぽっちの興味もないんだもの

寧ろ死んだ世界の方がよっぽど惹かれるわ

少なくともあなたの眩し過ぎる薄っぺらな

夢物語に比べればよっぽど惹かれるの

こんな埃まみれの場所に生まれたんだもの

あなたの「ソレ」を理解して受け止めるには

私の命じゃ短すぎるの 全然足りないわ

だから出来るなら殺してほしいの

私が薄っぺらい「ソレ」の価値を知って

知りたくない何かに触れてしまう前に

知らないままでいいのよ

最初から無いものは知らないままで

私が私自身に興味を持つ前に

未来に期待と憧れを抱く前に

困惑した表情を私が哀れんでいるうちに

「ソレ」を掴みとろうとしている

あなたの両手で殺してくれていいのよ

大丈夫よ 心配しなくたって

望んだ死だもの あなたに罪はないし

私にだって悔いはないわ きっとね

 

でもね 私も言いたいことがあるの

私、そんな風に躊躇っている貴方が好きよ。

 

 

持ち合わせていないものに触れた時

それを感じてしまった時

自分の感情の変化に驚いて戸惑う

 

心の奥底で手を伸ばしかけている憧れに

腐った性根が過去を持ち出し嘲笑う

躊躇っているのはいったいどちらなのか

腐乱臭

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いらっしゃい...ああ、あいつならもう居ないよ

さぁ

どっかで身売りでもしてるんじゃないかい

お客さんも物好きだねぇ

あんな女のどこがいいんだか...




自分の知らない誰かが口を揃えて言う
嘲笑しながら私に向けられている言葉
その言葉を正確には聞き取れない、が
嫌な程に分かる 「あいつに価値は無い」

青天に大翼を広げ空を裂く猛禽類
人は様々な言葉で称賛する
当の鷹や鷲はその際の姿を
知らないまま一生を終えるが価値はある
「価値」は自分が決めるのではなく
他者からの妥当な評価を表すものだ
それに比べ私は自らの姿を飽きる程に
見る事が出来るというのに酷く無様
彼らが言うのは至極まともな正論なのだ


私自身、自分の存在に価値があるなんて
思ってもいないし思えもしないだろう
そもそも私に限らず人間というもの自体に
価値があるとは到底思う事ができない
存在そのもの、ではなく生きている中で 
他者に何を与えられるか、それが価値なのだろう
だとしたら私には価値が無いのは無理もない
生きる事は愚か、産まれた事さえ無価値なのだから

鼻で笑えるくらい自分の良さを知らない
嫌な部分なら腐るほどに知っている
腐りかけの葡萄酒と元が何かも知れない
干した肉があればいくらでも語ってやるさ
その程度で語れる程の人生、虫さえも嗤う

今となってはまるで他人にさえ感じるが
私も淡い希望を抱いて
儚い夢を見ていた頃があった
私は今、晴れ間のない嵐の中にいる
いつ止むのか分からない雨は私を腐らせる


雨に打たれ、ただ濡れて、雨が嫌いなうちは
きっと何も得る事は出来ないのだろう
雨を感じ、雨を好きになれたなら
その時は鬱蒼とした感情の奥にある花に
もう一度水をやり、自らをゆっくり育てよう

その花は綺麗な花ではないかもしれないが
きっといつか、誰かがこの花を見つけて
私という価値を見つけてくれるその時まで

だからせめて今は、今だけはまだ
色が褪せ、枯れかけたこの価値を
埃の被ったこの薄汚い私を
装飾の美しい割れた鏡で眺めていたい

仮に私の失いかけた名の知れない感情と
一瞬限りの誓いとも呼べない気紛れが
許してくれるのであれば今だけと言わず
死ぬまで永遠にこの屈辱に溺れていたい

この何も見い出せない浅はかな考えの中で
現実に背を向けているくだらない時間こそが
今の私にとっての生きる意味、価値なのだから

いずれ消える存在の価値を求めて苦悩し
背を向けたその先に何も無かったとして
意識が遠のき、私が消え失せるその間際
私は恐らく自分の価値観に殺されるのだろう
それでも私に悔いはない。


私の価値を語るには経験が足りない

私の価値を知るには時間が足りない

私が灰になった時

初めて私は私の価値を知るのだろう

その価値を語る奴さえいればの話さ


十人十色

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かって嬉しい花一匁、まけて悔しい花一匁

あの子が欲しい、あの子じゃわからん

相談しましょう、そうしましょう



産声をあげたその瞬間、いや

それよりも更に前

受精をした際に決まる人間性


「個性」


同じ環境下で同じ教育を受けて

同じ時間を二人で十年

備わった基礎の量は同等

それなのに何故 、同じ筈なのに

何故私は同じ様に生きられない、何故


周囲からの期待値、友人の質

身に付ける物一つ 

どれをとっても届かず、遠く 

自分自身を見る事もせずに

異なりを追いかけて無難に終わる

詰まらない人生、いつからだろう

それさえ分からない程に何も無かった


自分とは違う容姿、性格、価値観

「常識」 「ルール」 「一般的」

囚われるものが多すぎる

社会が無責任に貼る夥しいレッテル

誰が言いだしたか分からない幸福論


雨が降って傘をさす人の群れの中

傘をささずに踊る人がいてもいい

それが自由で個性だと言うのなら

私は「個性」を知らないまま生きてきた

世界に縛られ、ただそれに忠実に生き

「個性」を知るにはあまりにも遅すぎた 


他者との相違に積み重なる違和感を覚え

今更引き返せない生き様の中

自らが律した愚かな過去に潰され

声にならない断末魔をあげて死ぬのだろう。


憂鬱な時間に何を思ってどう過ごすかで

生き方は大きく左右されるのだろう


夢はそこら中に転がっている

その夢を拾う事は出来るが

水と肥料が足り無さ過ぎて枯れていく


個性を失った心に価値を見出すのは難しい